119938 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

①初めての留学

みなさま、はじめまして。tanoと申します。わたしが体験したり感じたりした、韓国についてのあれこれを、これからじっくりとお伝えしていきたいと思っています。

自己紹介にもありますが、わたしは現在のところ7回韓国に行ったことがあります。
(注:2001年10月当時/現在は15回程度です)大抵は3泊か4泊、長くて1週間の滞在ですが、2001年の8月は、会社を辞めてある程度時間があったこともあり、思い切って韓国へ短期留学していました。日本以外の場所に1ヶ月もの間滞在したのは、わたしにとっては初めての体験で、学ぶところ、考えるところが多かったように思います。いつの間にか30歳を迎え、自分ではひととおりのことを経験してきたつもりだったのですが、その思い込みは見事に打ちくだかれた…といったところでしょうか。まずは、その短期留学に至るまでのお話を。

今回わたしが通った学校は、梨花女子大学校(イファヨジャデハッキョ、以下「梨大」)の言語教育院というところです。

2001年の春、ソウルに1週間滞在した時に、友人と一緒に延世大学校と梨大の構内を散歩してみました。というのも、その時すでに漠然とではありますが、夏の留学を考えていたので、学校の雰囲気を肌で感じたかったのです。わたしは、いつも仁寺洞(インサドン)の付近をうろうろしているような人間なので、新村(シンチョン)に行くのは6回目の旅行にして初めてでした。

いずれは日-韓の文化交流/人的交流に関わる仕事がしたいと願っているわたし(注:これは今でも変わりありませんが,より具体的に言えば,留学生の生活支援や日本での居場所づくりのサポートに関心があります)は、韓国語をある程度のレベルまで持っていかなければ、と自分の力不足を一種の焦りととも痛感していました。上達のために、ともかく韓国語に四六時中囲まれる生活をしたい、となると、やっぱり留学するのが一番でしょう?

まず、延世大学校のほうはどことなく暗い(失礼!)感じがして、正直なところ自分がここで勉強する姿はあまり想像できませんでした(後で分かったのですが、語学堂が暗い感じがするだけで、ほかの学部の建物を見ると、実はそんな感じはしなかったです。むしろ、日本の大学でいえば、立教大学のような雰囲気で、なかなかの趣きだったことを付け加えておきます)。

ところが、梨大の構内は、長い歴史を感じさせつつも、からっとした明るさに満ちています。アメリカの建築家・ヴォーリズ(ちなみに同志社大学にも彼の設計した建物が残っています)が手がけた礼拝堂などがあり、なかなかいい雰囲気です。また、女子大のせいか、延世大学校に比べると断然華やかな雰囲気を漂わせています。しかも、梨大には手仕事モノが大好きなわたしにはこたえられない、服飾関係の素敵な博物館もあったので、韓国語を勉強するなら梨大だ、とすっかりその気になってしまいました。

旅行から帰ってきてからも、依然「すっかりその気」のわたしはさっそく留学手続代行業者からパンフレットを取り寄せ、真剣に検討し始めました。すると、梨大のプログラムは優秀な講師陣が丁寧に授業をしてくれる、とあり、さらにホテル並みのきれいな寄宿舎が完備されていて、わたしのような短期留学生も利用できる、と書かれているではないですか。これはもう決まりだな、梨大がわたしを呼んでいる、と思い、さっさと申込の手続を取ったのでした。こうして、8月5日からの短期留学が決まったのです。

次回は、1ヶ月住んだ寄宿舎について、の予定です。




© Rakuten Group, Inc.